近代化遺産を巡る-萩市編前編
29.0Km
 萩市は2005年3月に合併しましたので、正確には旧萩市域の近代化遺産サイクリングです。旧萩市街は「古地図で歩けるまち」と呼ばれるだけあって、維新関連の名所、旧跡をはじめ、江戸時代の萩城下町の町並みが往時に近い姿のままほぼ全域に渡って残されています。
ここでは近代化遺産しか紹介していませんが、せっかく萩に来たのですから、気の向くままに武家屋敷町の路地に入り込んだりしながら近代化遺産を含めた歴史観光を楽しむ事をお勧めします。と、言う訳で一応私が走った順に紹介していますが、今回の地図は近代化遺産の場所を印すだけに留めてありますので、コースは皆さんで自由に決めて下さい。

萩市街の中心部にある中央公園内の観光用の無料駐車場からスタートします。萩はレンタサイクル屋さんも充実していますので、近代化遺産サイクリングにも便利です。
東田町のアーケード街の中に萩たまち郵便局があります。郵便局にしては重厚な造りのこの建物は元は山口相互銀行(現西京銀行)萩支店でした。玄関の両側に配された円柱は金融機関の建築で良く見られる意匠です。入り口上部にデンティル(歯状装飾)が施されています。アーケードに遮られて全容が見られないのは残念でした。
アーケード街から県道295号に左折して少し走るとミヨシノ醤油と書かれた醤油蔵が目を引きますが、ここも近代化遺産に指定されています。県道に面した店舗の裏側に下見板張り、縦長窓の和洋折衷の建物がありましたが、これが近代化遺産風でした。

萩たまち郵便局
ミヨシノ醤油
 次は国道191号を北上し椿東地区の戎ケ鼻港を目指します。松本川を渡り、「萩道の駅しーまーと」前を過ぎると目指す戎ケ鼻はすぐそこです。漁港の岸壁沿いに奥まで進むと黒色がかった石組みの防波堤が見えてきます。これが幕末頃に建設された全長51.3mの「恵美須ケ浜防波堤」です。
幕末、ペリーの来航などにより海防の必要性が高まり、三方を海に囲まれた萩藩も危機感を高め、幕府の大型船建造解禁に伴い西洋式軍艦の建造に着手しました。この港には萩藩の軍艦製造所が置かれ、軍港の役割も果たしました。馬関(下関)での外国艦隊との攘夷戦で一度は撃沈された庚申丸や、高杉晋作が江戸まで航海し、第二次長州征伐(四境戦争)の小倉口の海戦で活躍した丙辰丸もここで建造されました。
この防波堤は今でも漁港の船溜として現役で機能していますが、江戸時代以来の典型的な石造防波堤として歴史的な価値を有しています。
恵美須ケ浜防波堤
 恵美須ケ浜防波堤から国道191号をほんの少し萩市街地方面に戻ります。コンビニの駐車場の向うの小高くなった所に、煉瓦製の塔の様な建造物がわずかに見えていますが、これが安政5年(1858)建設の国史跡「萩反射炉」です。遠くからは煉瓦製に見えましたが、耐火煉瓦は煙突の先端部分だけで、下部は玄武岩で出来ています。
反射炉とは、燃焼室で発生させた熱を天井や壁で反射、増幅させ炉床に集中し、その熱で鉄などの金属を精練する金属溶解炉です。現存しているのは金属溶解炉の煙突部分だけで、往時は2基の反射炉が煙突に接して建っていた事が確認されています。
天保の改革で財政再建にほぼ成功した萩藩は西洋式軍備拡充に力を入れ、これまでの青銅製の大砲から、着弾距離が長く命中精度が高い鉄製の大砲を鋳造する為にこの反射炉を建造しました。しかし、純度の高い鉄を大量生産するには技術的、時間的に問題が多く莫大な費用がかかる為、実用化するには至りませんでした。
同じような施設は全国に数カ所建造されましたが、現在まで残っているのは萩と幕府直轄であった静岡県韮山の二ケ所だけで、貴重な存在です。先ほどの恵美須ケ浜防波堤を見下ろす様に建っていて、萩藩の軍備増強への強い意欲が伺える史跡であり、恵美須ケ浜防波堤と共に明治維新に関する数少ない近代化遺産です。
現在は公園として整備、保存されています。
萩反射炉
 国道191号を走り萩市街まで戻ります。途中松本川の手前で県道67号に左折して松陰神社などの吉田松陰関連の史跡を見学するのも良いでしょう。目的地のJR萩駅へは国道262号をまっすぐ南下するのが近道ですが、萩市内を自転車や徒歩で移動する時はできるだけ路地を縫う様に通るのがお勧めです。安全な上に意外な所で維新関連の史跡に出合う事が出来ます。
萩市街の南端にJR西日本山陰本線萩駅があります。ドーマー窓(屋根窓)が目を引くレトロな駅舎は大正14年(1925)建設の木造1階建てで、文化庁の登録文化財に指定されています。老朽化していたのを改修した時に建設当時にあったドーマー窓も復元されました。梁や柱を外部に露出させ装飾の一部としたハーフティンバー様式、三本柱のポーチ、上下開きの窓、軒先を落とした切り妻屋根などが特徴的です。駅舎内には「萩市自然と歴史の展示館」も併設されています。ポーチ横にある電話ボックスは大正末期から昭和初期のものを復元したもので、赤ポストは今でも現役です。実際に駅舎として使用されているのは、建物の隅のほんの一部分だけで、現在は無人駅になっています。
多少お色直しされてはいるものの、鉄道開設当時の駅舎が現存しているのは大変貴重で、歴史の町萩にふさわしい建造物と言えるのではないでしょうか。
JR西日本山陰本線萩駅
 JR萩駅から国道262号を北上します。橋本橋の手前に赤煉瓦の煙突が目印になる大丸酒造があります。橋本川を渡った所には増山酒店があります。両者とも萩の町の景観によくマッチした趣のある酒造場で山口県の近代化遺産に指定されていますが、正直な所、煉瓦製の煙突以外のどの部分に近代的な技術が使われているのかは詳しい資料が無く分からず、萩市内に多数存在する他の和風建築との外見上の違いも分かりませんでした。
今度萩に行く機会があれば、萩の銘酒を買うついでに聞いてみようかと思います。
大丸酒造(裏側)
増山酒店