大昌寺
明治三年に寺社整理が行なわれた際、中野の「定林寺」(現在の長徳寺)を合併して翌年寺号を改めました。それまでは「宝珠山・長徳寺」と称していました。
当寺は大内十二世周防権介弘貞が開いた寺であって開山の名は不明、雲徹という禅僧が恵心僧都彫む阿弥陀像一躯を得て、元禄年中に小鯖庄泰雲寺末の福厳寺の寒江和尚を請うて、中興の開山としました。
奥に小浜山登山口があります。