中津江濱(塩田跡)
大海の大河内地区や秋穂二島の美濃が浜では古代の製塩土器が発掘され、秋穂地域は山口県内で最古の製塩地であったことが分かっています。
藩政時代になると大規模な入浜式の塩田が相次いで築立され、中津江塩田は天保10年(1839)に鍬初め、汐留めをして、明治3年(1870)には実質完成しました。
内海栽培漁業センター前に「中津江濱」と刻まれた石碑が建っています。ここが中津江塩田跡で、昭和34年(1959)まで営業していました。
内海栽培漁業センターの入り口前には満自由橋が架かっていました。往時は橋の下を船が通れるようになっていましたが、今では閉鎖されています。 
入り川から直接屋敷に出入り出来るようになっていたみたいです。
塩田跡の遺構は補修工事などで徐々に失われつつあります。
中津江塩田跡は県栽培漁業センターになっています。
入り川の河口付近にあるのは船溜まり跡でしょうか。現在は湾岸沿いに道路が開通し、秋穂湾とは遮断されています。

他地域の塩田跡の遺構の中には市や国指定の史跡に指定されてものもあります。秋穂地域の塩田跡も史跡としての価値は十分あるのではないでしょうか。

潮が引いた後に現れるのは往時に使われていた船の残骸かもしれません。