横浜明神社
社伝によると仁寿三年(853)に安芸国宮古島から勧請され、最初は六本松という海辺に遍座されました。
黒潟が開作されて吉敷郡毛利領となった二年後の元禄十三年(1700)に、黒潟開作の守護神として現在地に遍座されたといいます。
境内には庚申塔も建っていました。
金神は方位神の一つで、鬼門以上に恐ろしい、とされています。