善城寺
もとは田城山多聞寺と言われていました。嘉禎三年(1237)に悪疫で死去した庄司の大江長義を弔うためにやってきた三河僧正「行遍阿闍梨」と仁和寺三条院大納言僧正「了遍」が、この周辺の景観を「ここはまことに善き城山(みやこやま)かな」と讃えたといいます。
そしてこの寺を「田城山善城寺」と改め、行遍、了遍の二大僧正を開山と仰ぎ、真言密教布教の中心的殿堂となりました。
この寺にある巨大なタブノキは山口市の天然記念物に指定されています。